2010/02/02 [18:38] (Tue)
「白磁病?それなら、今人間界で流行っている病気の名前ですよ」
「そうなのか?」
「失明して最後は死んじゃうアレでしョ。ニンゲンだけかかルやつ」
「名前までは知らなかったな……どういう病気なんだ?」
神域にある屋敷で、オルタナはテーブルに肘を突きながら外を見、声だけで会話をしていた。
彼らはオルタナが生み出したエルフだ。もう一人いるのだが、彼女は今別の仕事中でいない。
外を見たまま動かないオルタナの前に、ドサリと紙束が置かれる。
ふと見れば置いたのはメガネの――ヨシュアだった。
ぱらりと、束の一番上をめくる。
「白磁病……正式には感染型視神経腐敗症。原因は分かっていませんがその後併発して衰弱死に似た症状でなくなってしまいます。病原となるウイルスに対しての特効薬はありますが、高価過ぎてほんの一握りの人間のみしか恩恵にあやかれません。白磁病の名の由来は失明後の症状で、段々と白磁器のように白くなっていく事から呼ばれるようになりました」
「言い得て妙、だな」
「……写真、気持ち悪くなって見レなくなっタ」
めくった下には亡くなった人間の写真が並べられていて、本当に陶器や磁器のようだった。
青白いのではない。本当に、真白。
――彼女も、だから白かったのだろうか。
「それにしても突然どうされたんです?急に興味を持たれるなんて」
「いや、特に理由はないさ」
「そレよリオルタナ様、明日のご予定ハ?」
「明日は――……」
「きれいな歌だな、それ」
無感動な声は、突如現れた。
振り返って――振り返ったところで闇に変わりはないけれど――声のした、ソファがある辺りを睨む。
この声は、昨日の。
「何をしに来たの。そんなに感染したい訳?」
「そうカリカリすんなって。俺には移らないから安心して大丈夫だ」
「……そう。で、何をしに来たの」
移らない――つまりは金持ちの道楽か。死に逝く哀れな少女に同情でも寄せたのだろうか。
ご苦労な事だ、と思いつつキッチンへ向かう。音声入力パネルを操作して湯を沸かす。棚からティーバッグを取り出してカップを探り当て入れる。
温まったお湯をヤカンから注ぐ。音の変化と熱で量を判断して、ヤカンを戻した。少し蒸らしてティーバッグを取り出して捨てる。
キッチン横に置いてあった台車にカップを乗せて、彼がいるだろうソファの傍まで移動した。
「見た通り、バックだけど」
「……すごいな」
「バックが?」
「違うだろ! 見えてないのにすげーなって意味だ!」
「ああなんだ、そんな事」
別に、難しくも何ともない。
物の配置を覚えて音の反射で物との距離を測れれば良いのだ。
そう言うと、どこが簡単なのだと少し拗ねた声が帰ってくる。
声や身長から青年っぽいと思っていたのだが、子供っぽい一面もあるようだった。
でも、表情を感じ取れない。
斜に構えているような、冷めているような。
まあ金持ちの道楽ならそんなものか。
「で?」
「あ?あぁ……特に理由はない」
「理由もないのに白磁病棟に来る訳?どれだけ暇なのよ……」
ぴくりと空気がそよいだ。
機嫌を損ねただろうか。だがどうでもいい。
名前も知らない相手にそこまで心を砕く必要など――そうか、まだ互いに名乗ってすらいないのだ。
「ねえ、貴方の名前は?」
「そういやまだだったな……オルタナだ」
「オルタナ?神話の神様の名前じゃない。大層な名前ねー」
「悪いか」
「別に。ま、名前負けしないようにね。私はハルミ、苗字はいいでしょ?」
にこりと笑って釘を刺す。身の上を明かさないのはお互い様だ。
考え込むような気配。
ふ、と興味が湧いた。
脚を組んで肘を突き、頬杖をついて挑発的な笑みを浮かべる。
「一度訊いてみたかったのよ。貴方に私はどう見えた?」
「“どう”って?」
「白磁病とは言うけれど、真っ先に失明してしまうから自分では分からないの。そんなに白いものなのかってね」
「……初対面の印象って事か」
「それでいいわ」
開け放した窓から吹き込んでくる風を感じた。
此処は心地のいい風が吹き込んでくる。
体に悪いから陽光を浴びるなとよく言われるが、その指示を守る気など更々ない。
向かいに座っている筈の男の表情を想像する。一体どんな表情をしているのだろうか。
案外、無表情かもしれないが。
「……きれいだと、思った」
「――……はい?」
「お前、肌も白いし服も白いし、髪は銀で白過ぎる壁や床に埋もれそうなのに、眼が」
「眼?」
「吸い込まれるかと思った」
反応に、困った。
自分から言い出しておいてアレだけれども、なんというか。
淡々と告げる声が逆に真実味を帯びていて、嘘を吐いているように思えない。
どうしよう……か。
「……あ、ありがとう?」
「何で疑問系なんだよ…」
「いや、まさかそんな風に返ってくるなんて……」
少し、頬が熱くなった。
こんな事、言われた事がなかったから。
「女らしいじゃん?」
「からかってるの!?」
「まさか」
「……あ、貴方もう分からないわ」
脱力してソファに体を預けた。
くすくすと笑い声がする。にゃろう。
立ち上がる気配を追い掛け、顔を上げた。
「……また、来てもいいか」
「……好きにすれば」
「分かった」
すい、と風が動いた後。
彼の気配はふつりと消えてしまった。
+++++++++
ハルミ、誤解する。
【オリジナル】オルハル
下の続き。
基本殴り書きなので色々不親切。
下の続き。
基本殴り書きなので色々不親切。
「白磁病?それなら、今人間界で流行っている病気の名前ですよ」
「そうなのか?」
「失明して最後は死んじゃうアレでしョ。ニンゲンだけかかルやつ」
「名前までは知らなかったな……どういう病気なんだ?」
神域にある屋敷で、オルタナはテーブルに肘を突きながら外を見、声だけで会話をしていた。
彼らはオルタナが生み出したエルフだ。もう一人いるのだが、彼女は今別の仕事中でいない。
外を見たまま動かないオルタナの前に、ドサリと紙束が置かれる。
ふと見れば置いたのはメガネの――ヨシュアだった。
ぱらりと、束の一番上をめくる。
「白磁病……正式には感染型視神経腐敗症。原因は分かっていませんがその後併発して衰弱死に似た症状でなくなってしまいます。病原となるウイルスに対しての特効薬はありますが、高価過ぎてほんの一握りの人間のみしか恩恵にあやかれません。白磁病の名の由来は失明後の症状で、段々と白磁器のように白くなっていく事から呼ばれるようになりました」
「言い得て妙、だな」
「……写真、気持ち悪くなって見レなくなっタ」
めくった下には亡くなった人間の写真が並べられていて、本当に陶器や磁器のようだった。
青白いのではない。本当に、真白。
――彼女も、だから白かったのだろうか。
「それにしても突然どうされたんです?急に興味を持たれるなんて」
「いや、特に理由はないさ」
「そレよリオルタナ様、明日のご予定ハ?」
「明日は――……」
「きれいな歌だな、それ」
無感動な声は、突如現れた。
振り返って――振り返ったところで闇に変わりはないけれど――声のした、ソファがある辺りを睨む。
この声は、昨日の。
「何をしに来たの。そんなに感染したい訳?」
「そうカリカリすんなって。俺には移らないから安心して大丈夫だ」
「……そう。で、何をしに来たの」
移らない――つまりは金持ちの道楽か。死に逝く哀れな少女に同情でも寄せたのだろうか。
ご苦労な事だ、と思いつつキッチンへ向かう。音声入力パネルを操作して湯を沸かす。棚からティーバッグを取り出してカップを探り当て入れる。
温まったお湯をヤカンから注ぐ。音の変化と熱で量を判断して、ヤカンを戻した。少し蒸らしてティーバッグを取り出して捨てる。
キッチン横に置いてあった台車にカップを乗せて、彼がいるだろうソファの傍まで移動した。
「見た通り、バックだけど」
「……すごいな」
「バックが?」
「違うだろ! 見えてないのにすげーなって意味だ!」
「ああなんだ、そんな事」
別に、難しくも何ともない。
物の配置を覚えて音の反射で物との距離を測れれば良いのだ。
そう言うと、どこが簡単なのだと少し拗ねた声が帰ってくる。
声や身長から青年っぽいと思っていたのだが、子供っぽい一面もあるようだった。
でも、表情を感じ取れない。
斜に構えているような、冷めているような。
まあ金持ちの道楽ならそんなものか。
「で?」
「あ?あぁ……特に理由はない」
「理由もないのに白磁病棟に来る訳?どれだけ暇なのよ……」
ぴくりと空気がそよいだ。
機嫌を損ねただろうか。だがどうでもいい。
名前も知らない相手にそこまで心を砕く必要など――そうか、まだ互いに名乗ってすらいないのだ。
「ねえ、貴方の名前は?」
「そういやまだだったな……オルタナだ」
「オルタナ?神話の神様の名前じゃない。大層な名前ねー」
「悪いか」
「別に。ま、名前負けしないようにね。私はハルミ、苗字はいいでしょ?」
にこりと笑って釘を刺す。身の上を明かさないのはお互い様だ。
考え込むような気配。
ふ、と興味が湧いた。
脚を組んで肘を突き、頬杖をついて挑発的な笑みを浮かべる。
「一度訊いてみたかったのよ。貴方に私はどう見えた?」
「“どう”って?」
「白磁病とは言うけれど、真っ先に失明してしまうから自分では分からないの。そんなに白いものなのかってね」
「……初対面の印象って事か」
「それでいいわ」
開け放した窓から吹き込んでくる風を感じた。
此処は心地のいい風が吹き込んでくる。
体に悪いから陽光を浴びるなとよく言われるが、その指示を守る気など更々ない。
向かいに座っている筈の男の表情を想像する。一体どんな表情をしているのだろうか。
案外、無表情かもしれないが。
「……きれいだと、思った」
「――……はい?」
「お前、肌も白いし服も白いし、髪は銀で白過ぎる壁や床に埋もれそうなのに、眼が」
「眼?」
「吸い込まれるかと思った」
反応に、困った。
自分から言い出しておいてアレだけれども、なんというか。
淡々と告げる声が逆に真実味を帯びていて、嘘を吐いているように思えない。
どうしよう……か。
「……あ、ありがとう?」
「何で疑問系なんだよ…」
「いや、まさかそんな風に返ってくるなんて……」
少し、頬が熱くなった。
こんな事、言われた事がなかったから。
「女らしいじゃん?」
「からかってるの!?」
「まさか」
「……あ、貴方もう分からないわ」
脱力してソファに体を預けた。
くすくすと笑い声がする。にゃろう。
立ち上がる気配を追い掛け、顔を上げた。
「……また、来てもいいか」
「……好きにすれば」
「分かった」
すい、と風が動いた後。
彼の気配はふつりと消えてしまった。
+++++++++
ハルミ、誤解する。
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