2008/05/07 [17:03] (Wed)
初めてそれを見たのは、多分、物心つく前なんじゃないかと思う。
後で聞いた話だけど、生まれて間もない頃から"何もない空間"を凝視する癖があったらしい。
そして誰もいないのに笑いだしたり、泣きだしたりもしたそうだ。
そして初めて発した言葉は、「ママ」でも「パパ」でもそれに似た言葉でもなく、「じーじ」だったらしい。
当時僕は父母と三人暮し。明らかにおかしい。
それなのに母は「まあ賢い」と喜んだというから強者だ。父も似たり寄ったりな反応だったらしい。
今考えても不思議な両親だ。
そんなこんなで分かるように、僕には"他人には見えないもの"を見る癖、否僕自身の意思とは関係ないのだから、それらが見えてしまう質がある。
それが分かった時の母の反応は、予想を裏切らず「悠ちゃん凄いわ!」だった。
父に至っては「よくやった!」と感激して特上寿司を頼みだす始末に。
おかしいと思うよ流石に。我が両親ながらその精神を疑ってしまう事もしばしば。
とまあそんなこんなで、自分が普通とはちょっとだけ違うという自覚も持って、僕的には普通の子と殆ど変わりなく育ったと思う。
「そう……僕はただ歌が好きな高校生なんだ」
「は?」
素っ頓狂な声が返ってきて、初めて声に出ていた事に気付いた。
声を返すと同時に、鋭い紫苑の瞳で見上げてきたのは、傍らに伏せる銀色の狼。
体長は170センチある僕よりもあって、尻尾を合わせれば2メートルを余裕で越すだろう。
「ただ唄うしか能はないんだよ」
僕の視線の先には、誰もいない。
古ぼけた公園の一角で、風に揺られているブランコを凝視する形になっている。
だが本当は、"いる"。
見えていないだけで、およそ人とはかけ離れたものが。
「――だから我は此処に居る」
「……響音」
狼――響音(ひびね)はのそりと立ち上がって口角を釣り上げた。
銀色の毛並みが、光の具合で虹色に見えるから不思議だ。
響音は一度尾を振ると、何も言わずにこちらを向いた。
――歌え
「……うん」
ブランコの鎖に巻き付くように漂うもの。
黒く曖昧な靄。
昇れ。
迷いを捨て、光を目指せ。
「――…」
風が止んだ。
ブランコも揺れを止め、黒い靄が怯えたように震える。
響音が心地好さそうに目を閉じた。
紡ぐのは旋律。
歌詞も意味もない、その場限りのメロディー。
込めるのは、祈り。
さあ、盲目的な目を開き、真実の瞳で空を見上げて。
降り注ぐ光へ上れ。
黒い靄が一際大きく震える。
そして一瞬にして元々無いに等しい輪郭を失い、別の輪郭を形作った。
「子供、か」
響音がぼそりと呟いたのを合図に歌を止めた。
ブランコの隣で、六歳くらいの男の子が僕を見つめて笑っている。
『…お兄ちゃん、ありがと』
無言のまま微笑み返してあげれば、彼はにっこりと笑って手を振った。
彼は見つけたのだ。
光へ続く道を。
『バイバイ!』
「――気を付けてね……」
少年が光に溶ける。
零れた粒子は迷う事なく空を目指して昇っていった。
+++++++++++
下の続き?
たぶんもう続かないはず。
初めてそれを見たのは、多分、物心つく前なんじゃないかと思う。
後で聞いた話だけど、生まれて間もない頃から"何もない空間"を凝視する癖があったらしい。
そして誰もいないのに笑いだしたり、泣きだしたりもしたそうだ。
そして初めて発した言葉は、「ママ」でも「パパ」でもそれに似た言葉でもなく、「じーじ」だったらしい。
当時僕は父母と三人暮し。明らかにおかしい。
それなのに母は「まあ賢い」と喜んだというから強者だ。父も似たり寄ったりな反応だったらしい。
今考えても不思議な両親だ。
そんなこんなで分かるように、僕には"他人には見えないもの"を見る癖、否僕自身の意思とは関係ないのだから、それらが見えてしまう質がある。
それが分かった時の母の反応は、予想を裏切らず「悠ちゃん凄いわ!」だった。
父に至っては「よくやった!」と感激して特上寿司を頼みだす始末に。
おかしいと思うよ流石に。我が両親ながらその精神を疑ってしまう事もしばしば。
とまあそんなこんなで、自分が普通とはちょっとだけ違うという自覚も持って、僕的には普通の子と殆ど変わりなく育ったと思う。
「そう……僕はただ歌が好きな高校生なんだ」
「は?」
素っ頓狂な声が返ってきて、初めて声に出ていた事に気付いた。
声を返すと同時に、鋭い紫苑の瞳で見上げてきたのは、傍らに伏せる銀色の狼。
体長は170センチある僕よりもあって、尻尾を合わせれば2メートルを余裕で越すだろう。
「ただ唄うしか能はないんだよ」
僕の視線の先には、誰もいない。
古ぼけた公園の一角で、風に揺られているブランコを凝視する形になっている。
だが本当は、"いる"。
見えていないだけで、およそ人とはかけ離れたものが。
「――だから我は此処に居る」
「……響音」
狼――響音(ひびね)はのそりと立ち上がって口角を釣り上げた。
銀色の毛並みが、光の具合で虹色に見えるから不思議だ。
響音は一度尾を振ると、何も言わずにこちらを向いた。
――歌え
「……うん」
ブランコの鎖に巻き付くように漂うもの。
黒く曖昧な靄。
昇れ。
迷いを捨て、光を目指せ。
「――…」
風が止んだ。
ブランコも揺れを止め、黒い靄が怯えたように震える。
響音が心地好さそうに目を閉じた。
紡ぐのは旋律。
歌詞も意味もない、その場限りのメロディー。
込めるのは、祈り。
さあ、盲目的な目を開き、真実の瞳で空を見上げて。
降り注ぐ光へ上れ。
黒い靄が一際大きく震える。
そして一瞬にして元々無いに等しい輪郭を失い、別の輪郭を形作った。
「子供、か」
響音がぼそりと呟いたのを合図に歌を止めた。
ブランコの隣で、六歳くらいの男の子が僕を見つめて笑っている。
『…お兄ちゃん、ありがと』
無言のまま微笑み返してあげれば、彼はにっこりと笑って手を振った。
彼は見つけたのだ。
光へ続く道を。
『バイバイ!』
「――気を付けてね……」
少年が光に溶ける。
零れた粒子は迷う事なく空を目指して昇っていった。
+++++++++++
下の続き?
たぶんもう続かないはず。
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